NYの地下鉄

回顧録

大学の卒業旅行で1か月ほどニューヨークに滞在していた。

シアトルでは車移動だったが、ここでは移動はもっぱら地下鉄。日本並みに張り巡らされた路線。大抵のところへは行ける。ただ方向音痴の私には正確につくかどうかは別問題だったが。

その日も朝から地下鉄に乗るため、プラットホームで立っていた。平日だったが、人がほとんどおらず30Mほど離れたところに東洋人のおじさんが背広を着て立っていた。そのはるか向こうから何かが歩いてきた。そいつは軽く口ずさみながら小踊りを交えてそのおじさんに近づいていった。

遠くからでもわかる「でかい」185cm以上はある黒人だ。そいつはおじさんに一言二言話しかけているようだった。数秒後おじさんが首を横に振った。その瞬間、その大男はおじさんをその大きな手でビンタをかました。おじさんの眼鏡が吹っ飛んでいった。「えっ」って感じでその光景を眺めていた直後、私に戦慄が走った。

そいつがこちらに向かって歩き出したのである。だんだん近づいてくる。表情が見えてきた「無」って感じだ。余計にこわい。ヘッドフォンを耳にかけずに首にかけそこから漏れ出る音楽はいかにもラップであった。逃げるか、追っかけてこないか、と私は私の脳の判断を仰いだ。まるで山の中で熊に近距離で遭遇したような感覚(遭遇したことないけど)

そいつは遂に私のパーソナルスペースに入った。やつの腕のリーチからしたら私はもう射程圏内だ。

その瞬間、わたしはたばこを2本そいつに差し出し「やるよ」って言った。そいつは少し面食らったようだったが、すかさずもっとないのか?と「じゃあ、あと3本」と私は箱のなからもう3本取り出し渡した。箱ごと渡さない方が良いと思ったからだ。間髪入れず「これでいいだろ。俺の分が無くなるからね。俺は学生なんだ。シアトルから旅行に来てる。まだ来たばかりだ。NYを楽しませてくれ。」とまくすように話した。

その熊?はキョトンとした顔で「そうなのか。NYを楽しんでくれ」と言って礼も言わずに歩いて行った。ラップ的な歩きかたで。

災いは去った。ほっと一息し、やって来た地下鉄に乗り込んだ。「いろいろある。これがNYや。やつの言う通り、NYを楽しもう」と自分を鼓舞し、乗っているsubuwayの路線番号を見る。

「これ、乗るはずやったのとぜんぜんちゃうやん」

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